保育の様子
ちちぶ幼稚園は仏教保育です。
この時期にいつも いのちの話をします。
お盆が来るので 死んじゃった人の話をします。
仏教では 死 は汚れているのものではありません。
だから 塩を使うのはおかしいのです。
我が家では住職が葬儀から 帰ってきての塩は使いません。
アレってほんとは やめられなのかな・・・・
それから 死んじゃった人は怖い事もしないし たたりもしません。
だから 園児の前でお話しするときは
大きな紙に絵を描きます。
一人の女の子(園長ばあちゃんが可愛い子どもだった頃)
お母さんと お父さんがいます
そのお母さんと お父さんとにも お母さんとお父さんがいます。
つまり大きな紙の下の真ん中に女の子
その上にパパとママ
その上に 2人のパパと2人のママ
その上に4人のパパと4人のママ
その上に8人のパパと8人のママ
その上に16人のパパと16人のママ
はい 何人の人の顔を描かなくてはいけないでしょうか
61人です。4代 さかのぼっただけです。
今の園児の4代前はまだ明治がやっとです。
江戸時代に行く前に 一人の子どもが生まれてくるのに60人の命があるのです。
こんなにたくさんのママとパパがいると
ゆうこちゃんは生まれてこられました。
でも愈子ちゃんはおばあちゃんです
パパもママも もう死んでしまっています。
この絵のみんな死んでしまっています。
こう話すと子どもたちは よくわからないけど 大変なことだということは
わかるようで 目は真剣で 一所懸命考えています。
さあ 死んじゃった人はいつだって守ってくれてるから、
愈子ちゃんは 今日も元気です。
さて 死んじゃった人が愈子ちゃんのそばに行きたいなって思って
早く行きたいなって思って
何に乗ってこようかな
この馬(キュウリに足があります)と
この牛(なすに 足があります)とどっちが早いかな
そう 馬が早いから 早くあいたくて お馬さんできます。
帰るのはゆっくり帰りたいから 牛さんで帰ります。
お盆にののさんに お馬さんや牛さんが飾ってあったら
手をあわせて 会いに来てくれてありがとうって言ってください。
これが みたま祭りのお話です。
小さい子に命の話は難しいけど、たくさんの命のおかげっていう感じが伝わってくれたら うれしんだけど・・・・
この時期にいつも いのちの話をします。
お盆が来るので 死んじゃった人の話をします。
仏教では 死 は汚れているのものではありません。
だから 塩を使うのはおかしいのです。
我が家では住職が葬儀から 帰ってきての塩は使いません。
アレってほんとは やめられなのかな・・・・
それから 死んじゃった人は怖い事もしないし たたりもしません。
だから 園児の前でお話しするときは
大きな紙に絵を描きます。
一人の女の子(園長ばあちゃんが可愛い子どもだった頃)
お母さんと お父さんがいます
そのお母さんと お父さんとにも お母さんとお父さんがいます。
つまり大きな紙の下の真ん中に女の子
その上にパパとママ
その上に 2人のパパと2人のママ
その上に4人のパパと4人のママ
その上に8人のパパと8人のママ
その上に16人のパパと16人のママ
はい 何人の人の顔を描かなくてはいけないでしょうか
61人です。4代 さかのぼっただけです。
今の園児の4代前はまだ明治がやっとです。
江戸時代に行く前に 一人の子どもが生まれてくるのに60人の命があるのです。
こんなにたくさんのママとパパがいると
ゆうこちゃんは生まれてこられました。
でも愈子ちゃんはおばあちゃんです
パパもママも もう死んでしまっています。
この絵のみんな死んでしまっています。
こう話すと子どもたちは よくわからないけど 大変なことだということは
わかるようで 目は真剣で 一所懸命考えています。
さあ 死んじゃった人はいつだって守ってくれてるから、
愈子ちゃんは 今日も元気です。
さて 死んじゃった人が愈子ちゃんのそばに行きたいなって思って
早く行きたいなって思って
何に乗ってこようかな
この馬(キュウリに足があります)と
この牛(なすに 足があります)とどっちが早いかな
そう 馬が早いから 早くあいたくて お馬さんできます。
帰るのはゆっくり帰りたいから 牛さんで帰ります。
お盆にののさんに お馬さんや牛さんが飾ってあったら
手をあわせて 会いに来てくれてありがとうって言ってください。
これが みたま祭りのお話です。
小さい子に命の話は難しいけど、たくさんの命のおかげっていう感じが伝わってくれたら うれしんだけど・・・・
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